
童門冬二(1927~)著。昭和58年(1983)6月、学陽書房刊。
九州の小藩からわずか十七歳で上杉家の養子に入り、米沢藩主となった治憲(後の鷹山)の生涯を描いた長篇小説。藩籍返上の危機にあった米沢藩を改革し、財政再建を成し遂げるまでが主なテーマとなっている。
上杉鷹山については、かつて故ケネディ大統領が「ウエスギ・ヨーザンは、私の最も尊敬する日本人」と語ったエピソードもあり、古くは内村鑑三が『代表的日本人』の中でも取り上げていたので、海外では有名な人物となっている。
理想に燃え、「愛と信頼の政治」を貫いた鷹山の生涯を感動的に描いた作品。
そこで、深い絶望感に襲われ、灰をしばらく見つめていた。やがて私は煙管を取って灰の中をかきまわしてみた。すると、小さな火の残りが見つかった。その火の残りを見つめているうちに、私は、これだ、と思った。これだというのは、この残った火が火種になるだろうと思ったからだ。
そして、火種は新しい火をおこす。その新しい火はさらに火をおこす。そのくりかえしが、この国でもできないだろうか、そう思ったのだ。そして、その火種は誰あろう、まずおまえたちだと気がついたのだ。……
……おまえたちは火種になる。そして、多くの新しい炭に火をつける。新しい炭というのは、藩士であり藩民のことだ。それらの中には濡れている炭もあるだろう。湿っている炭もあろう。火のつくのを待ちかねている炭もあろう。一様ではあるまい。ましてや、私の改革に反対する炭も沢山あろう。そういう炭たちは、いくら火吹竹で吹いても、恐らく火はつくまい。
しかし、その中にも、きっとひとつやふたつ、火がついてくれる炭があろう。私は今、それを信ずる以外にないのだ。そのためには、まず、おまえたちが火種になってくれ。そしておまえたちの胸に燃えているその火を、どうか心ある藩士の胸に移してほしい。
城に着いてからそれぞれが持ち場に散って行くであろう。その持ち場持ち揚で、待っている藩士たちの胸に火をつけてほしい。その火が、きっと改革の火を大きく燃え立たせるであろう。私はそう思って、今、駕籠の中で一所懸命この小さな火を大きな新しい炭に吹きつけていたのだ。(灰の国で)