
松原泰道(1907~2009)著。昭和47年(1972)刊。
著者の処女出版で数え年66歳のときの著作。般若心経の「空」の教えが平易に説かれている。
難解な仏教哲学のやさしい入門書であり、ベストセラーとなった。
空ずるということは、どこにもとどまらないといってもいいのです。すべて、とどまると機能は停止してしまいます。高速道路でも車両が渋滞すると、その機能はぐっと低下します。
大空を飛ぶ飛行機が停止したら墜落せざるを得ません。知識があるというところにもとどまるな、無いというところにもとどまるな、とどまらないという心にもとどまるな――と次から次へと停滞しないように進んで行くのが般若の知恵です。
もともと、すべては移り変わってゆくのです。それを「諸行無常」といいます。諸行無常というと大へん淋しい語感を持っているので、現代のすぐれた中国文学の研究家・吉川幸次郎先生は、「推移(うつりかわること)を悲哀とよぶ感情」といっておられます。
私は、(諸行)無常観を、「現在進行形の世界観」とうけとります。英語では、動詞の語尾に “ing” をつけて、現在進行形を表わします。つまり推移を示しているのです。そのように “ing” をそなえた眼で見るのです。すると停まっているものは何もありません。この道理がほんとうにわかると、執着することの無意味がよくわかってきます。
しかし、そこに腰かけていてはいけないのです。無常観に渋滞していると、人間は虚無的になります。立ちあがって進まなければいけないのです。“ing”を忘れてはいけないのです。(「諸行無常」とは ing の世界観)