
稲盛和夫(1932~)著。平成16年(2004)年8月、サンマーク出版刊。
サブタイトルは「人間として一番大切なこと」。
著者が語る「生き方」とは、一個の人間のみならず、企業や国家、人類全体までを視野に入れている。
人生に対し愚直に真摯に向かい合う、という生き方を率直に述べている。
努力を積み重ねれば平凡は非凡に変わる
京セラがまだ町工場だったころから、当時は百人に満たなかった社員に向かって、私はくり返し、この会社をかならず世界一の会社にするぞと“大言壮語”していました。それは遠い夢物語でしたが、かならず成し遂げてみせると心に強く抱いた願望でもありました。
しかし、目はいくら空の高いところを見ていても、足は地面を踏むことしかできません。夢や望みはいかに高くても、現実にはくる日もくる日も、地味で単純な仕事をこなすので精いっぱいでした。昨日の仕事の続きを一ミリでも、一センチでも前へ進めるために、汗をかきながら一生懸命、目の前に横たわる問題を一つひとつかたづけることに追われるうちに一日が暮れてしまう。
「こんなことを毎日くり返していて、世界一になるのはいったい、いつの日のことか」
夢と現実の大きな落差に打ちのめされることもしばしばありました。けれども、結局のところ、人生とはその「今日一日」の積み重ね、「いま」の連続にほかなりません。
いまこの一秒の集積が一日となり、その一日の積み重ねが一週間、一か月、一年となって、気がついたら、あれほど高く、手の届かないように見えた山頂に立っていた――というのが、私たちの人生のありようなのです。
短兵急をめざしても、まず今日一日を生きないことには明日は訪れません。かくありたいと思い描いた地点まで
しかし、そうして今日一日をないがしろにせず、懸命、真剣に生きていけば、明日は自然に見えてきます。その明日をまた懸命に生きれば一週間が見えてくる。その一週間を懸命に生きれば一か月が見えてくる……つまり、ことさら先を見ようとしなくても、いまという瞬間瞬間に全力を傾注して生きることによって、そのとき見えなかった未来の姿がやがて自然に見えるようになってくるものです。
私自身もまさに、そういう亀のような歩みでした。地味な一日の集積と継続によって、いつしか会社も大きくなり、私を現在の位置にまで到達させたのです。
ですからいたずらに明日を煩ったり、将来の見通しを立てることに